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アメリカ・ニュージャージー州最高裁がSBS/AHTの証拠排除を決定

  • 執筆者の写真: Akita Masashi
    Akita Masashi
  • 1 日前
  • 読了時間: 6分

更新日:9 時間前

 2025年11月20日、アメリカ・ニュージャージー州最高裁が、SBS/AHT仮説に基づく小児科医の証言を認めない決定をしました(Supreme Court of New Jersey A-26/27 Septenber Term 2023 088683 State of New Jersey v Darryl Nieves, Michael Cifelli Dicided November 20, 2025) 。これは、このブログでも紹介した2022年1月7日の同州上級裁判所の排除決定を支持し、検察官の抗告を棄却したものです。6人の裁判官のうち5人の多数意見による決定ですが、多数意見は、109頁にわたり、SBS/AHTをめぐる議論状況等を検討した上で「州(検察官)が、衝撃を伴わない揺さぶりがSBS/AHTに関連する「三徴候」—硬膜下血腫、多層網膜出血、および脳症—を引き起こすことができるかに関して、生体力学コミュニティ内での一般的な受け入れを示していないと判断する」などとしたものです。最近では、SBS/AHT仮説を主導する立場から、「三徴候だけでは判断していない」などと主張されることも多くなりました。しかし、実際には現在でも、SBS/AHT仮説は、今なお医療や児童保護の現場で強く信じられており(後述する日本眼科学会の「手引き」はその典型です)、旧来の三徴候説を修正した形での訴追や親子分離が続いています。ニュージャージー州最高裁決定は、そのSBS/AHT仮説について、きわめて重要な判例です。


 この裁判では、突然ぐったりして救急搬送された生後11か月の男児に新旧の硬膜下血腫や広範な多層性の眼底出血が見られたことから、急変時に赤ちゃんのおしめを替えていた父親のダリル・ニーブスさんが、AHT(虐待性頭部外傷)の加害者として訴追されていました。その訴追の根拠になったのは、小児科医のグラディベル・メディナ医師が、SBS/AHT仮説に基づき、児童虐待に該当するという鑑定をしたことでした。


 この訴追に対し、弁護側は、メディナ医師の供述は科学的な裏付けを欠くので、陪審員の前で証言を認めるべきではないとして、証拠排除を申立て、その許容性を審査するフライ審問※が開かれたのです。フライ審問では、検察側のメディナ医師のほか、弁護側からジョセフ・シェラー医師(小児脳神経科医)、ジュリー・マック医師(放射線科医)、クリス・バン・イー教授(生体工学)らが証言を行いました。その結果、陪審裁判を担当する一審の上級裁判所は、「AHTは、科学的・医学的に信頼できる診断となりうる科学的・医学的な技術や手順によって発展したものではなく、診断として医学的・科学的に検証されたことがない」などと判断し、メディナ医師の証言を禁じました。


 ※フライ審問 アメリカの裁判では、科学的証拠に十分な根拠があり、証拠として許容できるかどうかに関するフライ基準・ドーバート基準があります。陪審裁判の前に、当該証拠がフライ基準を満たしているかを審理する手続のことをフライ審問(Frye Hearing)とよびます。フライ基準・ドーバート基準については、こちら


 これに対し、検察官が控訴審裁判所に上訴し、同様の事件で証拠排除決定がなされていたミカエル・シフェリさんの事件と併合審理されました。そして、控訴審も、一審上級裁判所の決定を支持して、検察官の上訴を棄却したため、検察官はさらに州最高裁に上訴(日本でいえば「特別抗告」)を申し立てていたのです。


 州最高裁の決定は、SBS/AHT仮説の歴史のほか、第1審のフライ審問における専門家証人の証言、第1審の判断、控訴審の判断、当事者の主張、第三者の意見(Amicus curie=アミカス・キュリエ「法廷の友」と呼ばれる法廷外からの補助意見)、さらにはニュージャージー州以外の他の州での裁判例(SBS/AHT仮説を支持する立場の裁判例についても言及しています)などを詳細に検討した結果、「我々(多数意見)は、州がメディナ医師による衝撃を伴わないSBS/AHTに関する専門家証言が信頼できることを立証する責任を果たすことができず、したがって裁判で許容されないと判示する。検察官は、関連する科学コミュニティにおける一般的な受け入れを確立する責任を果たしていない。なぜなら、審問で提示された研究、論文、および証言は、衝撃を伴わないSBS/AHTに関して生体工学コミュニティにおける一般的な受け入れの欠如を反映しているためである。医学コミュニティの多くの人々による一般的な受け入れの証拠はあるが、検察官は生体工学コミュニティにおける一般的な受け入れも確立しなければならず、それに失敗した」としたものです。同決定は、SBS/AHT仮説の歴史の検討において、SBS/AHT仮説のきっかけとなったガスケルチ(Guthkelch)医師やカフィー(Caffey)医師の議論状況を重視しています。ガスケルチ医師やカフィー医師のいずれもが自らは揺さぶりを実証する実験などを行わず、オマヤ(Ommaya)医師による生体工学的な実験の結果に依拠していました。しかし、オマヤ医師の実験はそもそも「揺さぶり」に関するものではありませんでした。ですからその依拠は明らかに誤用といえるものだったのです。そして、オマヤ医師自身がその誤用を強く批判していたのです。また、SBS/AHT仮説を支持する小児科医らのコミュニティーは、生体工学的な批判による仮説の見直しをしようとしていません。決定は、これらの経緯も含めて、SBS/AHT仮説には、生体工学コミュニティーからの支持が得られていないとしたのです。なお、このブログでも紹介したように、ガスケルチ医師自身が、自らの仮説が一人歩きしてしまい、多くの冤罪を生んだのではないかとの強い懸念を示す論文を発表しましたが、州最高裁の決定もそのガスケルチの論文について言及しています。


 決定が述べるように、SBSの「揺さぶり単独によって三徴候が生じる」との議論は、生体工学的に証明されたことはなく、逆に「揺さぶり単独では、三徴候は生じないはずだ」という報告が、生体工学や疫学的研究に基づいて繰り返しなされています。控えめに見ても、SBS/AHT仮説は、虐待を認定する根拠とはなり得ません。


 ところが、あらためてこのブログで触れる予定ですが、このニュージャージー州決定の議論に逆行するかのように、最近になって、日本眼科学会等、眼科4学会が、「乳幼児の虐待による頭部傷害(abusive head trauma:AHT)の手引き―眼底の診かた考えかた―」(以下、「手引き」)を公表しました。その内容は、州最高裁決定が問題にしたように、生体工学的な裏付けがないまま、旧来のSBS/AHT仮説で信じられてきた硝子体・網膜牽引説を絶対視するかのような内容になっているのです。あたかも眼底所見だけでAHTであると診断できるかのような誤解を招きかねない内容です。これでは「一徴候説」であって、旧来の「三徴候説」より後退した内容とすらいえるものです。日本で積み重ねられた無罪判決についての言及もなく、何らの反省・教訓もありません。これでは冤罪、誤った親子分離の原因となりかねません。きわめて危険な内容と評価せざるを得ないのです。手引きの注釈には、学会の承認を得たとの記述はありますが、執筆者は明記されておらず、診断ガイドライン作成の手続にも全く則っていません。この手引きは、実際には、一部の眼科医独自の見解をベースに、ごく少数の医師たちによってまとめられたのが実情のようです。


 しかも問題なのは、SBS/AHT事件で無罪判決が相次ぐ中、検察庁が、このような眼科学会の動きに大きく依存しようとするかのような動きを見せていることです。むしろ、手引きは、検察側眼科医証人の証言内容を権威づける意図もあったのではないか、との疑問すら生じます。


 医学やそれに基づく虐待認定にとって重要なのは、旧来の思い込みにとらわれず、エビデンスと論理に基づいた冷静な議論です。ニュージャージー州最高裁決定も参考にしつつ、建設的な議論が必要でしょう。

 

ニュージャージー州最高裁決定の全文をアップしました。↓


 

重要な部分を対訳形式でアップしましたので、こちらも参考にして下さい。↓


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