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Q&A SBS/AHTとは?

*このQ&Aは、秋田真志・古川原明子・笹倉香奈編著『赤ちゃんの虐待えん罪 SBS(揺さぶられっ子症候群)とAHT(虐待による頭部外傷)を検証する!』(現代人文社、2023年)の8頁以下「Q&A SBS/AHTえん罪って何?」の一部を、現代人文社様の許可を得て、その後の展開について加筆・修正を加え、転載したものです。さらに詳細に知りたいという方は、ぜひ、上記ブックレットをご購入下さい!

Q1 SBS/AHTえん罪という言葉をはじめて聞くのですが、どういうことでしょうか?

A1 SBS(エスビーエス)とは、Shaken Baby Syndrome(シェイクン・ベイビー・シンドローム)の略称です。「揺さぶられっこ(子)症候群」や「乳幼児揺さぶられ症候群」という名称でも知られています。その名が示すように、前後に激しく揺さぶられた子どもに生じると考えられている症状を指します。具体的には、硬膜下血腫(または、くも膜下出血)・網膜出血・脳浮腫の三つが主に挙げられます。これらはまとめて、三徴候と呼ばれます。
 この三徴候により虐待判断ができるとする見解が、SBS理論です。子どもが「激しく揺さぶられると三徴候が生じる」のだから、逆に考えれば、「三徴候が生じている子どもは暴力的に揺さぶられた、つまり虐待されたと判断できる」というわけです。
 しかし、この考え方には問題があります。まず、「激しく揺さぶられると三徴候が生じる」という点を見てみましょう。子どもを揺さぶると、本当にそのような症状が起きるのでしょうか。録画などによって揺さぶりがあったと客観的に確認された上で、三徴候が生じたという事例はありません。また、実際に子どもを揺さぶって、何が起きるかを調べるといった人体実験をできるはずもありません。ここで皆さんの中には、「子どもを揺さぶった」と自白したケースがあるはずだと思う方がいるかもしれません。しかし、自白は科学的・客観的なエビデンスではありません。「子どもを揺さぶった」と養育者が述べたとしても、本当に揺さぶったとは限らないのです。また、具合が急に悪くなった子どもを心配して体を揺らしたことが「揺さぶった」という自白だと捜査機関に捉えられることもあります。さらに、そのような行為があったとしても、それが原因で三徴候が生じたとも限らないのです。以上のことから、「激しく揺さぶられると三徴候が生じる」と決めつけることが、まず誤りだといえます。
 他方、「三徴候が生じている子どもは暴力的に揺さぶられた、つまり虐待されたと判断できる」といえないことも明らかです。低い位置から落ちたり転んだりといった事故によっても三徴候が生じることが分かっています。たとえば、つかまり立ちから転ぶ、ソファから落ちるといった場合があります。実は日本では、このようなケースがあることがすでに1960年代から報告されていました。のちに中村Ⅰ型急性硬膜下血腫(中村Ⅰ型)と呼ばれるようになった症例で、子どもが後方に転倒して畳で後頭部を打つなど、家庭内での軽い事故により急性硬膜下血腫や網膜出血が生じたものがあったのです。中村Ⅰ型は、「低い位置からの転倒で急性硬膜下血腫等は生じないのではないか」と、SBS仮説の支持者達に激しく批判されてきました。しかし、脳神経外科医の間では昔から同様の症例があることが認識されており、近年改めて再評価の動きが高まっています。
 さらに、三徴候は、病気によっても生じる可能性があります。これまでに明らかになったものとして、低酸素脳症や静脈洞血栓症、遺伝性疾患、心筋炎などがあります。
 したがって、三徴候があったからといって、その症状が虐待によるものだと判断することはできません。事故や病気などによって生じた場合と、虐待によって生じた場合を、診断によって適切に分けることはできないのです。このようにSBS理論が医学的に確立したものではないならば、これは理論ではなく仮説と呼ぶ方が適切でしょう。すでに欧米では、1990年代ころからSBS仮説に対する批判が高まり、これに基づいて虐待と判断されたケースの見直しが進みました。ところが日本では、SBS仮説が医療現場や福祉現場で広く信じられています。日本でのSBS仮説の普及において大きな役割を果たしてきたのは、厚生労働省の『子ども虐待対応の手引き』のSBSに関する記載でした。
 なお、最近はSBSに代わって、頭部への激しい暴行を幅広く含むAHT(Abusive Head Trauma:虐待性頭部外傷)という言葉もよく使われるようになりました。AHTが認められた場合には、その子どもは何らかの虐待を頭部に受けたと診断されることになります。しかし、AHT仮説も医学的に確立したものではなく、SBS仮説と同じ問題を有しています。
 SBS/AHTえん罪とは、このSBS/AHT仮説に基づいて、虐待をしていないのに誤って虐待したと判断されてしまうことをいいます。たとえば、子どもが急に具合が悪くなると、養育者は驚いて救急車を呼んだり、病院へ連れて行ったりします。そこで三徴候が見つかると、どうなるでしょうか。たとえ三徴候以外に全く外傷がなくても、そして虐待をしたと通報や通告をされたことがこれまでに一度もなくても、病院側は養育者を虐待者だと決めつけます。どれほど「つかまり立ちから転んだ」とか「急に具合が悪くなった」と説明しても、全く信じてもらえません。それどころか、虐待を隠そうとしてウソを付いているのだと、ますます疑いの目を向けてきます。幼い我が子が突然に意識不明になったり呼吸が止まったりしてパニックになっているところに、虐待をしたという疑いをかけられてしまうのです。これがSBS/AHTえん罪の怖さです。
(古川原明子・龍谷大学教授)

Q2 SBS/AHTはどこが発祥なのでしょうか?

A2 SBSは、1970年代のイギリスやアメリカで「仮説」として提唱されました。
 1971年にイギリスの小児神経外科医のガスケルチ医師が、外見上は頭部に傷のない子どもに硬膜下血腫がある症例について、行為者とされた養育者の自白を根拠として、揺さぶりが原因となった可能性があるのではないか、という仮説を発表しました。
 ガスケルチ医師の仮説を受けて、アメリカの小児放射線科医のカフィ医師も1972年・74年の論稿で「むち打ち揺さぶられ乳幼児症候群」という概念を提唱し、乳幼児の揺さぶりで硬膜下血腫と網膜出血が生じるのではないか、との仮説を唱えたのです。
 しかし、その後、80年代から90年代にかけて、「揺さぶることで硬膜下血腫や網膜出血が生じる可能性がある」という仮説は、「硬膜下血腫と網膜出血(・脳浮腫)があれば、揺さぶられたと推定できる」という考え方に形を変えていきました。
 でも、一定の症状から、その原因を推定することは本当にできるのでしょうか。
 風邪になれば発熱症状が出ます。でも、発熱があるときに、その原因は風邪とは限りません。発熱には他の様々な原因(たとえば、新型コロナウィルス感染症やインフルエンザ、その他の病気)もありえるからです。特定の「症状」から原因を確定的に診断することはできないはずなのです。
 だから、「揺さぶれば、三徴候が生じる可能性がある」としても、「三徴候があるから、揺さぶりだ」とはいえないはずです。症状が生じる原因は、他にもありうるからです。実際、SBS仮説に対しては、そのような観点からすでに1990年代ころから、本格的な批判が向けられてきました。批判のひとつが、他の原因でもSBSと同じ症状が起こりうるという指摘です。低い位置からの落下や、内因性の病気(低酸素脳症、静脈洞血栓症、外水頭症等)など、硬膜下出血や網膜出血等を引き起こす様々な他の原因があると指摘されたのです。三徴候には揺さぶり以外にも様々な原因がありうるのに、それを除外せずに「暴力的な揺さぶり」であると診断されているのではないか、という指摘です。
 このように、SBS仮説は、根本的な論理的誤謬を抱えている考え方なのです。一定の症状があれば虐待であると判断する手法は「虐待決めつけ」につながります。他の原因を十分に除外せずに虐待認定をしてしまう例が多発することになったのは、必然的なことだったといえるでしょう。
 しかし、このような根本的な問題にもかかわらず、SBS仮説は欧米諸国の医学界における「定説」となりました。同時に、この理論に基づき医師による診断をうけて、虐待をしたと認定される事件が増加したのです。
(笹倉香奈・甲南大学教授)

Q3 SBS/AHTが疑われた事件で、無罪判決を言い渡されたものはありますか?

A3 はい。2018年以降、日本ではSBS/AHT事件について無罪判決が言い渡される事件が相次いでいます。
 刑事裁判の有罪率(起訴される事件のうち、有罪判決が言い渡される事件の割合)は、99.8%です。1000件に1〜2件しか無罪判決を言い渡される事件がないなか、2018年以降にSBS/AHT事件で無罪判決が確定した事件は、13件もあります(2025年9月現在)。日本の刑事裁判の歴史のなかでも、異例の事態といえるでしょう。
 これらの事件では、そもそも起訴された事件が犯罪ではなかった(子どもの死亡や傷害は、虐待によってもたらされたものではなく、他の原因によるものであった)という判断が、裁判所によってなされています。子どもの頭蓋内出血などの症状の原因が、養育者による揺さぶりなどの頭部への暴行ではなく、子どもが低位から誤って落下したことや、静脈洞血栓症・誤嚥等によって低酸素脳症を来すなど、他の原因によるものであった可能性が指摘されているのです。
 このように、事件性を否定して、無罪が言い渡される事件が増えたことの背景には、SBS/AHTの問題を組織的に研究し、事件の弁護活動を行うというSBS検証プロジェクトなどの活動が2017年から開始されたことがあるといわれています。同時期に、中村I型を再度評価すべきであること、安易な虐待診断をすべきでないことを脳神経外科医らが強く主張しはじめたという流れもあります。
 これらの無罪判決は、SBS/AHT仮説やそれに依拠した医師の見解、そしてSBS/AHT事件の立証の在り方の根本的な問題点について鋭い指摘を行っています。これまでSBS/AHT事件の捜査・訴追に協力してきた医師らの意見について、そもそもCT画像の読影など基礎的な部分に誤りがあったこと、そして、この種の事件において、特定の症状が存在することで虐待行為があったということが前提とされてしまい、症状の他の原因が見落とされてしまっていたことなどが指摘されています。
 たとえば、大阪高裁の2019(令和元)年10月25日の判決は、生後2か月の孫(女児)を急変時に預かっていた祖母が、女児を揺さぶって死亡させたとして起訴され、一審で懲役5年6月を言い渡されたという事件です。控訴審では、弁護人が女児の急変が静脈洞血栓症という病気によってもたらされた可能性があることを脳神経外科医の意見をもとに指摘し、その結果、控訴審(二審)では一審判決が破棄されて無罪判決が言い渡されました。
 控訴審は、判決の中で、一審および控訴審で検察側に立って意見を述べた小児科医の意見につき、「医学文献の記載と整合せず、CT画像の読影について、正確な専門的知見を有しているのか、……疑問を禁じ得ない」「断定的な言いぶりに照らしても、自己の拠って立つ見解を当然視し、一面的な見方をしているのではないかを慎重に検討する必要がある」などと厳しく批判しました。また、SBS仮説についても、「SBS理論を単純に適用すると、極めて機械的、画一的な事実認定を招き、結論として、事実を誤認するおそれを生じさせかねない」として、三徴候による立証や事実認定の問題点を指摘しています。
 同じく大阪高裁の2020(令和2)年2月6日の判決も、専門家たる医師の見解が重要な証拠資料となる場合には、「特に、有罪の推認を妨げる事情について、これを否定する医師の見解に対し、否定の根拠に疑問が残らないかよく吟味する必要があり、推認を妨げる事情を指摘する別の医師の見解が対立する場合は尚更である」と指摘したうえで、「審理、判断においては、合理的な疑いを容れない立証が必要であるという基本に立ち返り、上記のとおり医師の見解に対する厳密な審査が求められる」として、医師の見解に対する吟味の必要性を強調しました。
 これらの無罪判決は、SBS/AHT仮説に内在する、えん罪を生む危険性を適切に認識しているといえるでしょう。無罪判決が指摘したことを真摯に受け止めて、えん罪を生んできた従来の捜査や訴追の構造を改革すべきです。本来は、これらの無罪判決を受けて、過去に有罪判決を言い渡されたすべての事件を再検証し、裁判のやり直しを行うなどの対応がなされるべきではないでしょうか。
(笹倉香奈)

Q4 SBS/AHTをめぐる最近の議論状況はどうなっていますか?

A4 国際的にも、SBS/AHT仮説に対して強い批判があります。なかでも大きなインパクトがあったのは、スウェーデン社会保険庁のもとにある医療技術評価協議会(SBU)が2016年に公表した報告書です(以下、「SBU報告書」といいます)。
 SBU報告書はSBSに関連してそれまでに世界で公表された3773の論文を分析し、三徴候にもとづいて激しい揺さぶりを診断するという方法に科学的根拠があるか否かを検証しました。そして、これまで執筆されたSBS診断に関する論文には、十分な科学的エビデンスのあるものはなかったと結論づけたのです(▶「SBU報告書」の翻訳はこちら)。
 当然、SBS/AHT仮説を推進してきた論者たちからは、SBU報告書への激しい批判が巻き起こりました。そして、2018年には小児科を中心とする各国の学会が共同で「乳児と子どもの虐待による頭部外傷に関する共同声明(Consensus Statement on Abusive Head Trauma in Infants and Young Children)」(以下、「AHT共同声明」といいます)を公表しました。AHT共同声明は米国を中心とした虐待を専門とする小児科医らが執筆し、米国小児放射線学会、米国小児科学会などが共同で公表したものです。日本小児科学会もこれに参加しています。
 AHT共同声明は「AHT は科学的に争いのない医学的診断である。それは全世界で広く認められており、それに基づく診断が行われている。AHTの診断がなされると、事故や疾病によって乳幼児の損傷の原因が説明できないということを意味する」としてAHT診断の「正しさ」を強調し、「低酸素性虚血性脳損傷、脳静脈洞血栓症、腰椎穿刺、あるいは誤嚥による窒息や嘔吐などがAHTとまったく同様の様々な損傷の原因となるという、法廷での弁護人や弁護側の医師証人たちの主張には医学的な根拠がない……硬膜下血腫が存在するときにはAHTの可能性が考慮されなければならない」と、SBS/AHTと同じ損傷をもたらしうる病態を否定しました(AHT共同声明の翻訳はこちら)。
 その後も、日本の小児科学会が2020年に「虐待による乳幼児頭部外傷(Abusive Head Trauma in Infants and Children)に対する日本小児科学会の見解」を公表し、AHT共同声明と同様、「AHTの疾患概念は長年の真摯な研究の成果により確立され,世界の医学界でその共通認識が形成されている」などとしています。
 AHT共同声明などの見解に対してはさらなる反論がなされ、SBS/AHTをめぐる激しい論争は国際的にも収束していません。日本で2018年以降に相次いで無罪判決が言い渡されていることについてはQ3で述べましたが、SBS/AHTが関わるえん罪事件は、世界各国でも激しく争われているのです。
 そのなかで、2022年、アメリカ・ニュージャージー州のある事件で、SBS/AHT仮説について、根本的な問題点を指摘する決定が裁判所によってなされています。
 本件は、生後11か月の男児が急変し、急性硬膜下血腫と広範で多層性の網膜出血が確認されたことから、急変時に男児と一緒にいた父親がAHTを疑われたという事案でした。被告人側は、男児の症状が早産や先天性の病気によるものであると主張しました。これに対して、検察側は虐待小児科医を証人として法廷に呼び、AHT仮説にもとづいて本件が虐待によるものであったと証言をさせようとしましたが、裁判所は「AHTに関する証言は、信頼できる証拠ではない」と判断し、検察側証人が、AHTについて証言することを禁止する決定を下したのです。
 裁判所は、次のようにいいました。「文献や証言から明らかなのは、AHTは、科学的・医学的な技術や手順によって発展してきたものではなく、診断として科学的・医学的に検証されたことがないために、科学的・医学的に有効性が確認された診断となってこなかったということである。……AHTは、信頼できるテストによって得られた事実に基づくものではなく、推測と外挿に基づく理論に由来する、欠陥のある診断である」「AHTが、実際に、病態を引き起こす外傷を説明づける、有効な診断であることを示す証拠はない。子どもを揺さぶることでAHTの三徴候が引き起こされるという仮説が検証された研究はなく、これを証拠とすることはできない」「AHTの診断は、科学的・医学的なテストとはほとんど関係がないにもかかわらず、科学的・医学的証拠であるとして提出されてしまう、不正確かつ誤導的な『ジャンク科学』に類似している」。
 本決定が正当にも指摘するように、SBS/AHTの診断には強い根本的な懸念があるのです。
(笹倉香奈)

Q5 SBS/AHTによる子ども虐待が疑われると、どうなるのでしょうか?

A5 虐待の有無(可能性)について判断する機関としては、病院・児童相談所・警察・検察・裁判所(刑事・家事)などが考えられます。それぞれの機関が関与する場面や目的は異なります。ここでは概要を説明します。
 まず、子どもに何らかの異変が生じた場合には、病院に救急搬送されることが多いでしょう。病院は、異変の原因を調べます。そして、虐待の可能性がある場合は児童相談所に通告する義務があるため、その症状や家族からの情報提供をもとに、その子どもが虐待されたと考えられるかどうかを判断します。この段階で収集される情報や医師の意見はその後の別機関における判断でも参照されることが多く、重要なものとなります。
 児童相談所は、病院からの通告を受けたような場合に、子どもを養育者のもとに置くことが適当かどうかについて検討を行います。もっとも、子どもの安全確保などのために、十分な検討をする前に、退院後直ちに一時保護が実施される場合が非常に多いといえます。
 児童相談所では、家庭訪問なども含めた環境調査、当事者からのヒアリングなどを実施するほか、治療を担当した医師だけでなく、虐待アドバイザーという立場の他の医師に意見を求めることが通常のようです。調査検討の結果、児童相談所が養育者のもとに直ちに子どもを返すのが適当でないと判断した場合は、施設入所(親子分離)等を求めることになります。
 2016年の児童福祉法改正により、児童相談所が一時保護期間の延長を求め、親権者がこれに同意しない場合には、家庭裁判所がその可否を判断することになりました。なお、その中で、虐待の疑いについても検討が行われる場合があります。
 また、児童相談所が施設入所等を求めたものの、養育者がこれに同意しない場合には、児童相談所が家庭裁判所に審判を申し立てることがあります。審判では施設入所等の措置をとる必要があるかが判断されることになりますが、虐待の有無が争点となっている場合には、その点についても判断が行われる場合があります。
 なお、児童福祉法は2022年にも改正され、最初の一時保護について養育者が同意をしない場合には、裁判所の関与が必要となりました。いわゆる「司法審査」と呼ばれる制度で、2025年4月から始まりました。
 ここまで説明したのは、刑事事件を除く手続です。
 他方、刑事事件では、まず警察や検察が、処罰すべき犯罪行為としての虐待があるかを捜査することになります。捜査の過程では、自宅の捜索差押や、逮捕等の身体拘束がとられる場合もあります。これらの捜査の必要性の判断には、裁判所(刑事部)もかかわる場合があります。
 養育者を処罰すべき虐待行為があると検察官が判断した場合には、養育者は起訴され、刑事裁判が行われることになります。養育者は被告人という立場になります。刑事裁判では、検察官が主張する虐待行為が認められるかどうかが争われます。被告人となった養育者には弁護人がつき、弁護活動を行います。刑事裁判では、医師などの専門家の証人尋問などが実施される場合もあります。こうした意見や証拠を踏まえて、裁判官が有罪か無罪かを判断します。
 この判断は、問題とされた虐待行為が合理的な疑いなく認められるかどうか、という基準でなされます。もっとも、無罪となった事例では、事実上、子どもに異変が生じた原因(事故や病気など)が判明している場合も多くあります。
(川上博之・大阪弁護士会)

Q6 病院は、SBS/AHTによる虐待が疑われる場合、どこに通告するのですか?

A6 まず、子どもに突然何らかの異変が生じた場合には、病院に救急搬送されることが多いでしょう。病院では治療のために各種検査が行われ、CTが撮影されることになります。CT撮影の結果、急性硬膜下血腫、脳浮腫、眼底出血などが見つかった場合には、事故の可能性や内因性の病気の可能性とともに頭部を揺さぶるような虐待行為が行われた可能性がないか検討されることになります。その際には医学的な検査だけではなく、普段の家庭内の状況などについて両親など複数の養育者が別々にヒアリングされる場合もあります。なお、多くの病院では、診察を担当した医師だけではなく、複数の医師によるチーム(虐待委員会等)によって、SBS/AHTの可能性について検討がなされます。
 この段階で、明らかな別原因が判明して虐待の可能性が否定されることがありますが、そもそも治療が優先される場面ですので、必ずしも原因確定のための十分な検査が実施されるとは限りません。また、特に家庭内で起きた事故の場合、養育者の説明が合理的なものとして受け入れられるかどうかは、関与する医師の依拠する見解や知識によって差異があるようです。
 結果として、虐待以外の原因が明らかにならない場合には、虐待の可能性がある(残る)という判断に至る場合もあります。
 この場合、病院は児童相談所に連絡(通告)をすることになります。
 児童虐待の防止等に関する法律5条では、医療機関や医師に児童虐待の早期発見に努めるように求めると同時に、児童虐待の予防、防止、児童の保護、自立支援に関して、国および地方公共団体の施策に協力するよう努めることを求めています。同法6条では、「児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない」とされています。つまり、児童虐待については、疑いがあれば公的機関に通告することが定められているのです。また、速やかな通告が求められているのですから、病院内チームによる最終的な結論が出る以前に、たとえば診察初日に児童相談所への通告が行われる場合も珍しくありません。
 警察に対しては、病院から連絡がなされる場合や、児童相談所を通じて連絡がなされる場合があるようです。この連絡も速やかに行われる場合が多く、子どもが病院に搬送された当日に、警察官が自宅の確認(実況見分)を求める場合も複数確認されています。
(川上博之)

Q7 虐待を疑った児童相談所は、養育者と子どもに対して何をするのですか?

A7 児童相談所は、通告を受けた場合、まず、子どもの安全確認を行います。その後、虐待の有無等について調査を実施します。調査には、関係者からの聞き取りや立入調査などがあります。必要があると判断したときは、子どもを一時保護します。
 SBS/AHTが疑われる場合は、子どもが入院中であることが多いと考えられます。この場合、児童相談所職員が医療機関に出向いて、主治医や職員に事情聴取を実施します。受診経過、子どもの状態、虐待と疑う根拠等のほか、養育者にどのような説明をしたかや、養育者の反応はどうだったか、といったことを聞き取ります。児童相談所は、医療機関に情報提供を求めることができます。子どもが入通院している医療機関だけでなく、他の医師や医療機関に意見を照会することもあります。児童相談所は、養育者や子どもへの事情聴取も実施します。また、自宅への立入調査をすることもあります。
 児童福祉法33条では、児童相談所長が必要だと認めるときは子どもを一時保護できると定めています。一時保護は、適当な者に委託することが認められています。乳幼児の場合は、乳児院、医療機関等に委託されます。SBS/AHTの疑いがあるケースでは、退院と同時に一時保護が行われることが多いようです。なお、2022年の児童福祉法改正により、一時保護の開始時に親権者の同意がない場合には、児童相談所が裁判所に一時保護状を請求することになりました。
 一時保護の期間は2か月を越えてはいけないとされていますが、必要があると認めるときは延長できます。その結果、一時保護が長期化するケースが散見されます。一時保護した子どもの親権は、児童相談所長が代行することになります。
 他方、調査の結果、養育者と子どもとの長期分離が必要であると判断した場合、児童相談所は施設入所の措置をとることがあります。施設入所は、一時保護以上に長期間の親子分離を前提としています。施設入所をさせる場合は、親権者の同意が必要です。親権者が施設入所に同意しない場合、児童相談所長は、家庭裁判所に対して、子どもの施設入所を承認するよう審判を申し立てることができます。裁判所が承認すれば、子どもを親権者から引き離し、施設、具体的には、乳児院や児童養護施設に入所させたり、里親宅に預けたりします。
 一時保護や、施設入所の措置がとられると、親子分離の状態が続きます。この間、児童相談所は、子どもに対する教育、医療等の必要な行為、養育者に対する指導を行います。
 一時保護や、施設入所の後に虐待がなかったと判断した場合や、虐待の再発を防止できるなど養育上の問題がないと考えられる場合は、措置を解除して、子どもを家庭に戻すことになります。措置を解除する際には、たとえば転倒防止措置などについて養育者を指導します。養育者の指導は主に児童福祉司が行います。
(陳愛・大阪弁護士会)

Q8 SBS/AHTの疑いで一時保護をされた場合、養育者と子どもはどうなるのでしょうか?

A8 SBS/AHTの疑いがあると、児童相談所が調査を行うことになります。具体的には、養育者、近親者からの事情聴取、自宅への立入調査等です。子どもが入通院している医療機関も、児童相談所に情報提供をします。提供される情報は、医学的な所見だけではなく、医療機関での養育者の言動なども含まれるようです。
 調査の結果によっては、子どもが一時保護されます。SBS/AHTが疑われたケースでは、それまでの養育に問題がなかったとしても、一時保護されてしまうことが少なくありません。
 一時保護の開始時に親権者の同意は必要とされていませんが、児童相談所に呼び出すなどして、その間に子どもを病院から連れ去るといった手法で、親権者や養育者が知らないうちに実施されることがあります。この一時保護の期限は2か月ですが、延長をすることができるため、長期化することもあります。なお、一時保護は行政処分なので、裁判所に対して不服申立を行うことができますが、措置の解除が認められることはほとんどありません。
 一時保護がなされると、子どもは乳児院や児童福祉施設に連れていかれ、そこで生活をすることになります。医療機関に委託されることもあります。一時保護期間中は、児童相談所長が親権を代行します。児童相談所長の権限行使が親権者の意向に優先するとされているため、親権者が子どもに医療や教育を受けさせることが、事実上困難になります。
 子どもとの面会も自由にできる訳ではありません。児童相談所長が必要と認めるときは、面会や通信を制限することができるとされているからです。この制限は行政処分としてなされるべきものですが、実際には指導として、適切な手続や要件に基づかずに面会等が制限されることもあります。そもそも、子どもの所在場所を親権者に告知しなくてもよいという運用がなされているため、子どもの居場所が分からないこともあるのです。また、運用上、面会の際には職員が同席することとなっています。そのせいか、面会はあらかじめ指定された日時に、限られた時間、たとえば1時間程度しか実施されないことがあります。
 SBS/AHTが疑われるケースでは、虐待ありきで手続きがすすめられることも少なくありません。そのため、一時保護よりも長期の親子分離が必要であるとして、施設入所の措置がとられることがあります。この場合は、親権者の同意が必要となります。やっていない虐待を疑われた養育者が、子どもと引き離されることに納得するはずはありません。ごく幼い子どもが入院したり、手術をしたりするほどに容体が悪ければ、なおさらです。しかし、施設入所に同意をしなければ「子どもの福祉に反する」として、面会が認められなかったり、子どもの居場所すら教えてもらえない可能性があります。また、同意をしなかったとしても、児童相談所が申立をして裁判所が承認すれば、長期の施設入所となります(いわゆる28条審判)。施設入所になると、親子分離が数年にもわたって継続することもありますし、子どもが家庭に戻れないこともあるのです。このようなことを暗にほのめかされた親や養育者は、施設入所に同意せざるを得ないという状況に追い込まれてしまいます。子どもとの面会を盾に施設入所への同意を迫るこうした方法は、「人質児相」であるとして批判されています。また、SBS/AHTが疑われる子どもだけでなく、その兄弟姉妹も家庭から引き離されることもあります。
 一時保護や施設入所になったとしても、そもそも虐待がなかったことが判明すれば、措置は解除されます。しかし、SBS/AHTが疑われるケースでは、児童相談所は『子ども虐待対応の手引き』に従って判断を行っています。虐待があったという判断を医師がしているという点も、児童相談所は重視します。そのため、医学的知識や法的知識がない多くの養育者が、本当は虐待はなかったのだと児童相談所に認めさせることは極めて困難です。
 なお、養育者の過失によって事故が起きたり、実際に虐待があったとされれば、今後の事故や虐待の危険がないよう指導したうえで、措置が解除されます。措置解除に向けては、児童相談所の指導を受けなくてはいけないとの運用がなされています。「指導」の中には、子育てについての教育のほか、離婚や転居をすすめられることまであります。また、措置解除後も、児童相談所の調査、家庭訪問などを受けることがあります。子どもを取り戻すためには、虐待したことを認めて反省をし、児童相談所の指導に従うことが求められるため、虐待をしていない養育者はここでも大きな苦しみに直面することになります。
 以上のことから、SBS/AHTを疑われて子どもが家庭から引き離されそうだという場合には、一刻も早く、一時保護などの問題に詳しい弁護士に相談する必要があります。
(陳愛)

Q9 通報を受けた警察は、被疑者となった養育者に対して何をするのですか?  どう対応すべきですか?

A9 警察は通報を受け、SBS/AHTの疑いがある事件があること、そして、養育者が犯人である疑いがあることを認知します。
 多くの場合、警察は、できるだけ早い段階で、養育者に対する取調べをしようとします。このときに注意しなければならないことは、警察は、養育者の置かれた状況に配慮してくれたり、養育者の気持ちを汲み取ってくれるわけではない、ということです。
 また、逮捕・勾留(いずれも罪を犯したと疑われている人の身体を拘束する刑事上の処分です)をされていない段階では、養育者が取調べに応ずる義務はありませんし、仮に警察の求めに応じて警察署に出頭し取調べを受けることにしたとしても、いつでも退去することができます。しかし、警察は、このような「取調べに応ずる義務がないこと」や取調室から「いつでも退去できること」について、刑事手続のことを知らない養育者に対して十分に理解できるように説明してくれることはありません。
 これまで警察と接したことのない一般の方にとってみれば、びっくりするようなお話かもしれませんが、残念ながらこれが事実です。
 そのため、警察から「事情を聴かせてほしい」などといって連絡が来たときには、すぐ弁護士に相談していただくことが重要です。なお、弁護士といっても刑事事件に精通した弁護士でないと適切なアドバイスをするのは難しいことから、相談する弁護士についても慎重に選んでいただく必要もあります。
 警察の求めに応じて、出頭する場合であっても様々な点に留意が必要です。
 そもそも、身体拘束をされているか否かにかかわらず、罪を犯したことを疑われている養育者には黙秘権があります。この黙秘権についても警察は十分な説明をしてくれません。また、養育者が黙秘権を行使しようとしても、「説得」と称して様々な角度から黙秘権行使を妨害し、あるいは黙秘権を侵害するような取調べが行われる実例も数多く報告されています。たとえば、警察から「あなたが黙っていては本当のことがわからない。今、懸命な治療を受けている○○ちゃんがかわいそうだと思わないのか。」とか「都合が悪いことがあるから黙っているんだろう。このまま黙っていれば裁判でも不利になる。」などと言われたというお話は、SBSえん罪被害にあった方から実際に警察から掛けられた心ない言葉として報告されているものです。
 養育者に対してポリグラフ検査(いわゆる「うそ発見器」)を実施しようとしてくることもあります。警察は、検査への同意を求めてきますが、同意をする必要はありませんし、すべきでもありません。明確に断るべきです。断っても不利になることは一切ありません。そもそもこのポリグラフ検査は、黙秘権を保障した憲法、刑事訴訟法と整合しません。また、科学的な正当性が認められておらず、裁判では証拠になることはあまりありません。にもかかわらず、警察は取調べの現場ではポリグラフ検査を使って「今、反応が出ている。本当のことをしゃべった方がいい。」などと述べて(「反応が出ている」というのはウソであることもよくあります)、自白を迫ってくることがあるのです。
 また、警察は取調べによって語られた内容を供述調書という書面にまとめます。そして、その書面の最後のところに署名押印をするように迫ってきます。実は、この「署名押印」にも応ずる義務はありません。しかし、そのことも警察は養育者に伝えてくれることはありません。
 このように様々な手段で養育者の権利や選択肢を奪う警察の捜査手法に適切に対抗するには、力量のある弁護士による援助が不可欠です。大事な、可愛いわが子が急変して病院で懸命な治療を受けているとなれば、養育者にとっても緊迫した事態であり、気が動転していて、子どもが急変したときの状況や、その前後の出来事などを正しく記憶し、正しく説明できるとは限りません。ほかの家族と話をしたり、当日の出来事をスケジュール帳などを見ながらよく思い返してみることで、忘れていた出来事を思い出したり、覚えていたはずの出来事の順番が違っていたことがわかる、などということはよくあることです。しかし、養育者の話が実際の出来事と矛盾していたり、以前の話から変わっていると、それを指摘して「お前はウソをついている。」と自白を迫ってくるのが警察の典型的な取調べ手法です。そのような手法に適切に対応するためにも、必ず力量のある弁護士に相談をしてください。
 警察からの十分な説明もないまま、不確かな記憶で話した内容(「あやすために体をゆすった」「急変したので慌てて揺さぶった」など)が「自白」にあたるとして不利益な取り扱いを受けそうになった事例も実際に起こっています。
 そのほか、警察は、できるだけ早い段階で現場の状況を写真に残す捜査をしたり、現場に残っている物品を証拠品として取得する捜査をしたりします。これも裁判所が発付した令状がない場合には、応ずる義務はありません。しかし、そのことも警察が教えてくれることはありませんので、留意が必要です。
 警察は養育者に相応の疑いがあると判断すれば、逮捕・勾留という身体拘束をしてくることもあります。そのタイミングは事案によって様々です。急変後まもなく、のこともありますし、急変から数か月あるいは1年以上経ってからのこともあります。身体拘束を受けた場合は、さらに弁護人の活動が重要となります。弁護人の活動(裁判官との面談や不服申立て)によって、裁判官が勾留請求を却下したり、勾留を取り消して釈放された例も多くあります。身体拘束を受けたものの、証拠が十分ではなかったとして起訴されずに釈放された例もあります。起訴後も勾留が続いた例もあれば、保釈が認められた例もあります。身体拘束を受けずに裁判を受けた例もあります。身体拘束を受けるか否かには、様々なバリエーションがありますが、身体拘束を受けてしまった場合には、刑事手続に詳しく、できるだけSBS/AHTの事例に精通した弁護人に依頼することが必要です。
 証拠収集は、警察(捜査機関)だけが行うものではありません。養育者・弁護人側でもおこなうことができます。SBS/AHT事件に詳しい弁護士であれば、医療機関にカルテや画像データの開示を求めたり、有用な証拠を収集し、同時並行的に進められている捜査に備えることになります。さらに、収集した証拠について、協力してくれる医師と連携してその内容の精査・検討を進めていくことになります。現在、SBS/AHT事案に精通した弁護士は決して多いとはいえませんが、SBS検証プロジェクトでは、全国の事例で弁護士を紹介したり、弁護人にSBS/AHTに関する情報提供や医師の紹介をするなどの活動を行っています。
(宇野裕明・大阪弁護士会)

SBS検証プロジェクト

共同代表 笹倉香奈 甲南大学法学部
     秋田真志 後藤・しんゆう法律事務所
事務局  川上博之 ゼラス法律事務所

TEL 06-6316-3100 (ゼラス法律事務所)

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