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なぜ議論がすれ違う?-”わからない”ことはわからない

  • 執筆者の写真: Akita Masashi
    Akita Masashi
  • 2018年12月11日
  • 読了時間: 7分

SBS検証プロジェクトを立ち上げて以来、さまざまなご意見をいただく機会が増えました。少なくとも「三徴候があれば、3メートル以上の落下や交通事故などのエピソードがなければ、自白がなくとも原則として揺さぶりだと判断してよい」などという乱暴な議論は少なくなってきたように思えます(とは言え,いまなお厚労省のマニュアル「子ども虐待対応の手引き(平成25 年8月 改正版)」の同旨の記述は修正されていませんし,「交通事故か揺さぶり以外に三徴候はあり得ない」という医師の意見も出されています)。私たちの検証の呼びかけによって、一歩ずつでも議論が深化していくことは喜ばしいことです。私たちの検証の呼びかけに対し、ご批判の声も聞こえてきます。もちろん、私たちの表明する見解が、常に正しいなどと言う考えはありません。ただ、残念ながら、それらご批判の中には、私たちの見解とかみ合っていないと言わざるを得ないものが多く含まれているようです。

その典型例が、「虐待する親を擁護するのか」「虐待を放置してよいのか」というものです。私たちは、「虐待」を擁護する見解を述べたことはありません。「虐待したかどうかの判断」が、十分な医学的・科学的根拠に基づいてなされているかどうかを問題にしているのです。そして、少なくとも従来のSBS仮説に基づく限り、誤った判断がなされるリスクが高いと考えています。このリスクの高低には議論の余地があり、評価の分かれるところでしょう。しかし、その議論をすることは、決して「虐待を擁護する」ことではありません。

もちろん、医学・科学が万能ではない以上、「虐待したかどうか」が不明な場合は残ります。その不明な場合にどのようなアプローチがなされるべきかは、非常に難しい問題です。それこそ今後も真剣な議論を続けていかなければならないでしょう。ただ、その際に気をつけなければいけないのは、「虐待が放置されること」の深刻さと同時に「誤って虐待であると判断されること」の深刻さです。SBS仮説に基づいて虐待認定を主導して来られた方々は、「十分な医学的根拠に基づき、慎重に判断してきた」と主張されるのでしょうが、その点については私たちには異論があります。医学的・科学的根拠は揺らいでおり、その判断は危ういものだと主張します。しかし、私たちの異論は、決して虐待を擁護するものではありません。かみ合った議論をお願いしたいのです。

以上に関連して、最近「SBS/AHTは存在する」という再反論がよくなされているようです。この再反論は、アメリカの小児科学会(American Academy of Pediatrics)などが(日本小児科学会も賛同しています)、2018年5月に発表した共同声明(Consensus statement on abusive head trauma in infants and young children--Pediatric Radiology誌所収。以下、「AHT共同声明」といいます)において、「AHTが存在するということについての医学的妥当性には争いがない」” There is no controversy concerning the medical validity of the existence of AHT.”などと主張されたことを受けてのものと思われます。この共同声明は循環論法確率の誤謬自白依存基準の不明確など多くの問題点を含んでいます。

ここでは、まず「SBS/AHTは存在する」という再反論に端的に表れているとおり、その議論の立て方が根本的に誤っていることについて触れましょう。事故による頭部外傷がある以上、虐待による頭部外傷が存在しうることは当たり前です。先にも述べたとおり、私たちは、虐待の存在そのものを否定もしていませんし、その擁護もしていません。画像等の医学的所見では、虐待か、事故か、あるいは内因性のものかは、「鑑別(区別)できない」ということを問題にしているのです。仮に「揺さぶりによって三徴候が生じる」という命題が成立するとしても(かなり疑わしいのですが、そのことは別として)、「三徴候がそろえば揺さぶりだ」などと言えないのは、「逆は必ずしも真ならず」という論理学の初歩です。ところが、SBS仮説を主導する人たちの議論を丁寧に分析していくと、同様の初歩的な誤りが多く見られるのです。先の「SBS/AHTは存在する」という再反論はその典型です。いくら「SBS/AHTは存在する」と言っても、揺さぶりや虐待を正確に鑑別できることにはなりません。「SBS/AHTは存在する」と言っても、揺さぶりや虐待を正確に鑑別できることにはなりません。

 もちろん、最近では三徴候だけでSBSであると決めつけるかのような露骨な議論は減ってきていますが、実は根本的な問題は変わっていません。SBS仮説を主導する人たちは、鑑別の名の下に「他の原因」をとにかく否定しようと躍起になっているだけだからです。例えば、AHT共同声明では、「AHTの診断がなされると、事故や疾病によって乳幼児の損傷の原因が説明できないということを意味する」“When diagnosed, it signifies that accidental and disease processes cannot plausibly explain the etiology of the infant/child’s injuries.”とします。つまり、事故や疾病などの「他の原因」が説明できなければ、AHT=虐待だとしてよい、という議論です。これは誤っている上、非常に危険な考え方です。

最大の誤りは、「除外診断」と「確定診断」が混同されている点です。除外されたからと言って、直ちに「確定診断」に至るわけではありません。先述した論理学の初歩である「逆は必ずしも真ならず」はここでも当てはまります。そこには明らかな論理の飛躍があります。本来「揺さぶり」あるいは「虐待」の認定は、除外だけでは足りず、より積極的な根拠によって証明される必要があるのです。

この誤りは大きな危険性をはらんでいるとも言えます。「除外」と「確定」を混同した結果、SBS仮説を主導する多くの議論が「虐待」か「他の原因」かの二分論に陥っているとしか思えないからです。実際には、このような二分論は成り立ちません。二分論は、その両者が確実に区別できることが前提ですが、そのような区別は不可能です。少なくとも、どちらにも区別できない「不明」の部分があります。その意味でも「他の原因」でなければ、「虐待」という二分論は誤っています。

そして、このような二分論のさらなるリスクとして、二分論に陥ると、人間は自らの信じる仮説(予断)に固執しがちで、証拠を自らの仮説に整合するように歪曲して解釈したり、自らの仮説に整合しない見解や証拠を否定したり、過小評価したりしてしまいがちだということが指摘されなければなりません(確証バイアス)。その結果、不十分な根拠しかないにもかかわらず、自らの信じる仮説を真実であるかのように決めつけてしまうのです。科学者であってもこのバイアスからは、逃れられません。現に、SBS仮説を主導してきた人たちは、とにかく「他の原因」を否定することに躍起になっているのです。共同声明は、自己に都合のよい議論を過大に評価する一方、それに反する見解をとにかく「根拠がない」「証拠がない」などと一刀両断的に非難し、頭から否定しようとしているばかりです。そのような議論に陥ってしまったのは、SBS仮説を主導してきた人たちが、誤った二分論を前提に、自らの正当性に固執しようとしているからだとしか考えられないのです。残念ながら、日本でSBS仮説を主導している議論にも、同様の傾向が見て取れます。

実は、議論は単純です。「わからないものはわからない」のです。頭部CTなどの画像診断では、虐待によるものか、事故によるものかは区別できません。三徴候だけで判断している、という批判を避けるためか、最近は、「複数の血腫」があれば揺さぶりだとか、「早い脳浮腫の進行」はびまん性軸索損傷であり、その原因は揺さぶりだとか言った議論が目につくようになりました。「多層性多発性」の網膜出血がある場合は揺さぶりだという議論もなされます。しかし、それらは医学的な証拠・根拠が不十分な議論です。例えば、別の機会に改めて述べたいと思いますが、網膜出血のメカニズムが解明されていないことに争いはありません。SBS仮説の論者ですら、その依拠しているものが硝子体牽引説という仮説にすぎないことを認めています。そして、その仮説は実証されていません。何より、画像診断だけで「揺さぶり」だと決めつけていることが問題です。「区別できない」はずの証拠に基づいて「区別する」という自己矛盾に陥っているからです。少なくとも、これらの議論は、「揺さぶり」という結論を維持せんがためのせいぜい仮説にすぎないことが、自覚されなければならないでしょう。

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